このページは、さあ、みなさんご一緒に!「あの日・あの時・あの場所で…!」失礼 しました。ある日のアノひとがみれます。ちょっと、覗いてみて下さい!

以前の日記

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 2002年8月3日(土)
いよいよ福岡2日目を迎えた。昨日、早まって「終わってみると・・・」と書いてしまったが今日が本当の終りだ。5月にあのキャンセルがあってK.ODAと私は東京へ戻ってしまったがバンド、スタッフの皆さんは米子の後にここ福岡に移動した。結局ZEPPもサンパレスもキャンセルになってしまったがバンドのライブは予定通り行なわれたりしたので皆さんはかなりの間、福岡に滞在したのであった。そんな福岡でのコンサート、K.ODAの声も調子を取り戻している。来てくれたお客さん達も約3ヶ月も待っていてくれたのだ、がんばらないと申し訳が立たない。終演後に地元のラジオ局の知り合いの方が楽屋を訪れて、「いやー最高、素晴らしい」と言ってくれた。この言葉で今日のコンサートは大成功だったと確信した。
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 2002年8月2日(金)
振替公演が続く。福岡だ。間に恒例のデスマッチがあったりして、コンサートからは10日間離れてしまったので久しぶりの感じがする。そのせいだろうか、K.ODAの声の調子はあまり良くなかった。この日は終演後に恐らく最後になるであろうスタッフ、メンバー合同の打ち上げが予定されていた。しかしK.ODAは病院へ立ち寄り、遅れての登場になってしまった。K.ODAが合流してから大ビンゴ大会が始まる。K.ODAも思ったより悪くなかったらしくおおいにはしゃいでいた。今日、明日で通常のホールツアーは終了だ。大会場になるとスタッフも大幅に増える。だからこのメンバーで行なう最後のコンサートなのだ。月並みだが「終わってみるとアッという間であった。」
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 2002年7月22日(月)
振替公演の鹿児島だ。本来は5月18日だったのだから2ヶ月お待たせしてしまったわけだ。御当地ではK.ODAが以前から気になっていたと言う高速道路から見える滝へ行った。加治木というところだった。そこでそうめん流しに挑戦。「衛生面はクリアされているのでしょうか」というK.ODAのコメントが出てくるくらい素朴な場所であった。しかもそうめん流しというよりも回転そうめんと言ったほうがピッタリのシステムである。
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 2002年7月20日(土)
志度町へやってきた。あ、今はさぬき市というのだそうだ。この季節のこの会場の雰囲気は抜群だ。音楽広場テアトロンである。昨日から仕込みをしているスタッフは皆、真っ黒に日焼けしている。今回のツアー唯一の野外である。リハーサルも終り、会場にお客さんが入り始めて少したった頃、にわかに空が暗くなり始めた。スタッフは早くも機材の養生に走り回っている。そしてポツリと雨を感じてからが早かった。あっという間にスコールのような豪雨である。客席内は逃げようにも雨をしのげる場所など無い。傘をさして自分の位置でひたすら耐えている人、中には開き直ったか傘もささない人もいる。スタッフは全員ずぶ濡れで機材を濡らさないように頑張っている。楽屋ではK.ODAがまるで仇でも見るような怖い顔で空を睨んでいた。そんな怒りが天に届いたかやがて雨は上がり、開演の頃は収まっていた。コンサートの最中は一瞬ポツリときたが、やがてそんなものは気にならないくらい会場はひとつになった。K.ODA、園山さん、稲葉さんによるSAX演奏もこの日が初お目見え。本当に忘れられない夜になった。
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 2002年7月16日(火)
ツアー中だがレコーディングをしている。NHKの番組のテーマソングになる予定の曲である。この日、中国の胡弓のダビングをした。その奏者がこの写真の姜さんという女性だ。実はK.ODAは彼女に会うのは2回目なのだ。約20年前、K.ODAはオフコース時代に中国に旅行に行ったことがある。その時、現地で胡弓の演奏を聴くチャンスがあった。その音色にいたく感動したK.ODAだったのだがその時に演奏したのがこの姜さんだったのだ。当時はまだ学生だったという姜さん、今では日本に移り住んで数々のライブやレコーディングに参加したり自分のCDをリリースしたりと活躍中である。この胡弓の音色がまたK.ODAの歌に合うのだ。どんな曲に仕上がるのか、スタッフもわくわくしている。
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