このページは、さあ、みなさんご一緒に!「あの日・あの時・あの場所で…!」失礼 しました。ある日のアノひとがみれます。ちょっと、覗いてみて下さい!

以前の日記

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 2006年8月29日(火)
なんとか睡魔との戦いに勝って今日からスタジオに入る。お馴染みのエンジニア、ビル・シュネイのシュネイスタジオだ。ビルやスタジオのスタッフと再会を喜び合うK.ODA。そして今日から3日間一緒に仕事をするジョン・ベティスが登場した。彼はカーペンターズ、マドンナ、マイケル・ジャクソンなど超一流のアーティストに詞を提供しているすごい作詞家だ。だが当のジョンはよく笑うとっても楽しい人であった。ところが仕事になると無類の集中力を発揮して素敵な詞をどんどんと生み出していった。この写真の表情を見てもらえばわかるだろう。(ちなみに後ろにいるのはロス在住の江川君で今回も大変お世話になっている)ジョンとは初対面だしどうなるかと思っていた我々も彼の仕事ぶりには感動すら覚えた。しかも彼は1946年生まれということでK.ODAとはほぼ同じ年だ。「この年になって新しい出会いがあるなんて素晴らしい」とジョンが言っていたそうだ。K.ODAも「まったくその通りなんだよなあ」としみじみ語っていた。
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 2006年8月28日(月)
成田空港である。アメリカはロサンジェルスに旅立つのだ。今回の渡米の目的はK.ODAの曲に英語の歌詞をつけることにある。この写真は夕方、空港でチェックイン直後のK.ODAだ。この後飛行機に乗り込んだ我々。離陸してしばらくすると「いやあ、シャンパンなぞをいただいちゃいましたあ」と真っ赤な顔をしたK.ODAがやってきた。しかもそれだけ告げるとすぐにいなくなってしまった。その後シャンパンを飲み続けたかどうかはわからないが約9時間後、ロスに着くと案の定「全然眠れなかった」と憔悴したK.ODAの姿があった。ロスはまだ28日の午前中である。今日は作業は無い。だが睡魔との戦いは始まったばかりだ。
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 2006年8月19日(土)
つま恋のイベントから約1ヶ月後の今日、K.ODAまたステージに立ってしまった。東京は代々木体育館でのイベントである。J−WAVEというラジオステーション主催のイベントだ。その出演者の1人、平井堅さんに誘われての出演である。もちろん当日のお客さんたちにも何も伝えられていない完全なシークレットゲストであった。平井さんのコーナーの途中で登場したK.ODAだったがすごい歓声であった。驚くほどだ。「たしかなこと」と平井さんの「瞳をとじて」の2曲を披露した。わが社のスタジオに平井さんに来ていただいてたくさん練習した甲斐があった。素晴らしいハーモニーである。また若い友人が増えたK.ODAであった。この写真は当日の楽屋で練習に余念の無いK.ODAである。
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 2006年7月16日(日)
7月7日のぞろ目を逃した。さて、ついにつま恋でのイベント当日を迎えてしまった。前日は浜松に宿泊。昨年のツアー初日に宿泊したホテルだった。この日の天気はあまり良くなかったが暑すぎるよりはいいだろう。なにしろ昨日は相当暑かったようで救護施設はてんてこまいだったらしい。午後2時過ぎにイベントはスタート。途中、スキマスイッチの2人が登場中に大雨が降ったがすぐに上がった。K.ODAの出番は午後5時頃だった。桜井さんに呼び込んでもらってステージに上がるK.ODA。場内を大歓声が包んだ。この写真は1曲目から客席に突入するK.ODAだ。もちろん誰にも打ち合わせしていない。お客さんもさることながらスタッフが大慌てだった。うちのスタッフなら慣れっこになっているのだが・・。K.ODAは結局自分のこのコーナーの後、バンクバンドのコーナーとフィナーレに登場した。終演後、打ち上げが行われてやはり最年長のK.ODAが最後に挨拶をした。スキマスイッチとGAKU−MCの3人は床に正座してK.ODAの挨拶を聞いていた。
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 2006年6月6日(火)
なぜかぞろ目の日付が続いた。またもやたいへんご無沙汰しての登場だ。本日会社に来たK.ODA、なぜか庭に紙を持って出て歌詞を考え始めた。環境を変えてアイデアをひねり出そうということであろうか。変に虫の多い場所なので蚊取り線香は必需品だ。面白かったのでカメラを持って近づいたらちょっとイヤそうな顔をされた。負けずに激写した。撮り始めればこっちのものだ。
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